kasyoan japanese lacquer ware original collection
山中漆器の発祥・沿革・歴史

山中漆器の発祥と沿革

 天正8年(1580年)山中温泉の上流真砂の地に、滋賀・福井方面より山づたいに良材を求め移住した工人たちの「ろくろ挽き」が始まりとされております。

 その後、技術・製品ともに川を下り、手工芸品として山中温泉の浴客への土産品として広く生産されるように、1700〜1800年代にかけて工人たちのたゆまぬ努力と創意工夫や全国の名工を招いての技術導入により、現在に受け継がれている千筋挽や朱溜塗・独楽塗色塗漆器が開発され山中漆器の基礎が確立されました。

 第2次大戦によって一時中断の時期はあったものの、伝統的な技術・技法によって製造された食器類を中心に大衆的な塗り物として全国にその名を知られ、材質・木目を生かした木地の加飾挽や塗に蒔絵の美しさが加わり、優雅で親しみのある味わいをみせております。

 一方、歴史と伝統に育まれてきた伝統工芸品木製漆器を基盤としながら、昭和30年代に入り石油製品の技術革新とともに合成樹脂や科学塗料を、全国に先駆け漆器業界に導入し、山中町と加賀市に工場、生産団地が造成されて、製造工程別分業による量産体制が確立し、低価と多様なデザイン・機能性で市場に富んだ商品づくりによる内外の需要に応え、昭和45年以降飛躍的な発展を遂げてきました。

木地挽き(轆轤挽)
山中木製漆器の特色

 白木地を鉋と呼ばれる特殊な刃物で回転させながらくりぬく轆轤挽きに優れ、主に椀銘々皿、茶托などの丸物の製造を得意とします。特に棗などの茶道具の木地は全国の8割から9割を山中で挽いています。

 山中の挽物を特徴づけている筋挽きは木地に鉋で挽目を施し、一種の意匠とするもので、糸目筋、ろくろ筋、びり筋、平みぞ筋、稲穂筋、柄筋など約五十種類あります。豊富な木地の材料に恵まれた山中塗は欅、桜、栃などの材料を大小様々な器物に用いて用途に応じて下地〜塗〜蒔絵の行程へと進み、美しい色つやの漆器が完成致します。
当然、ほとんどの制作行程が手作りな為、原木の乾燥から完成までに要する時間は長いもので1年以上かかります。 

 通常蒔絵と呼ばれる技法は漆で文様を描き乾燥させる色漆絵や、文様を描いて乾かないうちに金・銀・錫などの金属粉、朱・黄・緑などの色粉を蒔き付ける技法など様々で奈良時代に始まり、平安時代に発達しました。その他材料には貝の殻の部分である螺鈿や玉子の殻である卵殻を漆で張り付け加工する非常に細かい作業技術を要する技法もあり、又、沈金・沈刻と呼ばれる技法は筆で描くのではなく、刃物で塗に文様を彫り、漆を刷り込んだ後に金粉などを蒔き込む加工方法です。

 代表的な技法は平蒔絵・研ぎ出し蒔絵・高蒔絵などですが、特に山中漆器は茶道具の棗などに代表される研ぎ出し蒔絵・高蒔絵の技術に大変優れ、数々の秀作をこの世に生み出して来ました。華やかで、煌びやかな高蒔絵は当時の貴族により育てられたと伝え
られております。木地・下地・塗・そして蒔絵の各行程の様々な技法の組み合わせにより限りない数の意匠の作品を生み出すことが可能です。

 近年では従来の概念にとらわれず、異素材であるガラス・象牙・麻布などを漆で塗り上げる技術も発達しました。帯留やペンダントなどの装身具にも漆蒔絵を施し、異素材との出会いの中で、漆のもつ新たな魅力・可能性が様々な形で表現されています。
下 地
上 塗
蒔 絵
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